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2013年1月14日 (月)

丸谷徳嗣 on 安藤宏/太宰治

安藤宏
『太宰治 弱さを演じるということ』(ちくま新書、2002年)
Reviewed by 丸谷徳嗣

本を読んだり、あるいは映画を観たり音楽を聴いたりしたとき、また、とくにそういったものに心を揺さぶられたときに、その「魅力」を他人に語って聞かせる、ということは案外、というべきなのか当然、というべきなのか、結構難しいものだ。

「あれ、いいよ」とぽそっといっただけで実際に手にとってくれるようなひとなんてのは、実はある程度趣味を共有していることがわかっているひとぐらいで、みんなそれぞれ毎日それなりに忙しいから、ちょっと「おススメ」を口にしたぐらいじゃ本当に触れてはもらえないだろう。 自分が「面白い」と思ったものを、自分じゃないほかのだれかにも「面白い」と思ってもらうこと――「魅力」を語るということの意味は、そういうものでなくてはならないはずだ。

しかしながら、これはとてつもなく骨の折れることなのだ。というのは、他人に「魅力」を語りたい、と思って実際に語ってはみても、その本なり映画なり音楽なりが好きであればあるほど、「自分以外の人間にこの面白さがわかるわけがない」というような想いも、同時にいだいてしまうように思われるからだ。

「わかるわけがない」というのはつまり、「わかってほしくない」という願望の表れなのだけれど、好きであればあるほど、「自分こそが真の理解者でありたい」というエゴがはたらくのである。それは端的に、他人にむけてなにかについて「語る」という行為そのものが、度し難く自意識の発露でしかないからだろう。わかってほしいけど、わかってほしくない――なにかの「魅力」をだれかに語ろうとするひとは、いつもこういうワガママと折り合いをつけなければならないことになる。

本書で安藤宏がいうように、このような事情は、日本の近代文学においては、なによりもまず太宰治をめぐるものであった。それはたとえば、「太宰治シンドローム」(13-14頁)、「傷つけあうのはやめておこうよ症候群」(14頁)、「青春のはしか」(22-23頁)など、しばしば「病気」として語られている。

つまり、太宰の小説にはどうしようもない若さゆえの「青くささ」がこびりついているのだ。このことを嫌うひとは多いのかもしれないが、安藤によると、奇妙なことにそういうひとは、「かつて熱狂的な太宰の読者であったケースが多い」(同頁)。未成熟な青年から大人になるにつれて、太宰の「青くささ」には耐えられなくなっていくのかもしれないし、ある意味ではそれは、自然ななりゆきのようにも思われる。

さらにいえば、「大人」が太宰を好きだというのは、思いのほか恥ずかしいことだったりするのである。だが、「わかってほしいけど、わかってほしくない」という自意識を持つひとにとっては、だからこそ「魅力」の語りがいがあるというものなのではないだろうか。

恥をしのんで、自分を例にして語ることにしよう。筆者も太宰がかなり好きで、たとえば「人生の一冊は?」と聞かれたら、迷わず「『人間失格』です」と答えたいと、実はひそかに思っている(太宰のベストがこの作品である、という意味ではない)。

それにはいくつか理由があるが、まずはたまたま筆者の読書体験が、太宰の主要作品を、『晩年』から『人間失格』にいたるまで、ほぼ年代順にたどるものであったということがある。つまり、初期のものから順に手にとり、一見明るい中期をへて後期の作品を読むにいたって、やはり、作者自身の自殺、あるいは太宰治そのひとと、大庭葉蔵=『人間失格』という作品を切り離して考えることが、ほとんど不可能だったのだ。

実際に、太宰が玉川上水に身を投げたのが昭和23年の6月、『人間失格』が雑誌『展望』に連載されたのが、同年6月~8月にかけての三回であり、当時の読者は、この作品を、彼の自殺とほぼ同時に、遺書として、衝撃とともにうけとったのである。

いうまでもなく、作品とその作者とは別物だし、ましてや、登場人物と作者自身がまったくの同一人物であるとはいえないだろう。しかし、大庭葉蔵と太宰治にはかなりの共通点があり、いくら別人だといわれても、二人の人生と運命を重ね合わせてみたくなるのは、安藤もいうように、やはり「人情」なのではないだろうか(43頁)。

そして筆者も、多分にもれず当然、そういう読みをしてきたのだった。ふつう小説を読むとき、筆者は基本的には無関心で不真面目な読者でしかない。語り手や登場人物に一定の共感をいだき、同情したり反撥したり、あるいはそういったフリをしながら、内心ではつまるところ彼らは他者でしかないのだと、結局これも作り話なのだと、うそぶきソッポをむいているのである。

もちろん太宰についても事情はかわらないはずで、筆者は太宰ではないし、生まれ育った場所や時代や境遇は全然ちがう。それでも彼の言葉は、ほかのどんな大作家の、どんな名作たちよりも、僕の心に響いてしまう。 例によって、太宰や葉蔵に一定の共感をいだきつつ、根っこの部分では「わかるはずがない」と思いつつ、それでも僕には、もしかしたら、どこかでつながっているんじゃないか、そんな気がしてならないのだ。

そしてさきにも触れたとおり、これこそがまさに典型的な「太宰治シンドローム」なのだ。著者の安藤でさえも決してその例外ではなかったことを、正直に告白している。「あとがき」から引用しよう:

太宰に関する著名な論考を読んだり世評を耳にするにつけ、自分は決して太宰の「正しい」読者ではない、デカダンな反逆思想に共感できず、むしろそれを語る身振りや自意識にばかり関心が行ってしまうのはどう考えてもエキセントリックなのだ、という思いが消せなかったのだが、しかし、実はそのように、自分だけが異端の読者だと感じること自体が、いわゆる“太宰信者”に共通する現象でもあったようなのである。 (215-16頁)

このような「個人的な」太宰経験をもとに安藤が試みるのは、「無垢ゆえに世間の思惑に利用され、排斥されていく一人の殉教者」、「その背後にある…徹底して社会の偽善と戦う作者」という、「自己破滅的な作風をもって社会の権威に立ち向かう『無頼派』」の「神話」(43頁)を解体し、太宰治に現代的な価値をみとめようとするものである。

それに際して話の導入として、「現実との疎隔感」(10-11頁)、「一人だけ違うという不安」(23-25頁)などといった表現とともに、戦後五〇年以上の間におきた「孤独」の意味の変化に、身近な学生たちの例を引きつつ言及しながら語られるのが、「以前の『神話』よりもずっと身近な等身大の存在」(12頁)、すなわち現代的な孤独の体現者としての太宰治像である。

それは、反逆や倫理、そのどちらでもない、太宰の「道化」のふるまいであり、人間関係を忌避し、罪深き者であろう、人間失格者たろうとしながら、自己を卑下しつづけてきた、にもかかわらず、結局は許され、認められてしまう葉蔵の姿である。そこでは、罪/救いという地平は、途方もなくねじれ、屈折している。

言葉のとおり、まさに演技であったそのさまを、本書は身も蓋もなく白日のもとにさらしてみせるわけだが、「すぐれて普遍的」とくりかえすこのような安藤の読みは、実はそう真新しいものでもない。孤独や疎外を嫌いながら「ほかのだれとも違う自分」でありたいという自我の性格は、大学受験なんかでもよく耳にする「近代的自我」や「アイデンティティ」という使い古されたことばが意味するものと、基本的にはおなじだからだ。

したがって、本書はむしろ、スタンダードな太宰治入門であるといえるだろう。実際、『人間失格』における大庭葉蔵の運命についての読解などは、これまでになく的確なことばで表現したにすぎない、といっても過言ではないほどのものである。本書にも引用されている作品末尾の一節をひいておこう:

私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした。(新潮文庫、155頁)

この箇所――小説の、そして太宰=葉蔵の物語の、まさに終末――を読むたび、僕はほとんど泪をこらえきれなくなるのだが、せめてもの救いとして自分を否定しつづけてきた彼が、結局は「神様みたいないい子でした」と言われてしまうことのこの痛烈な皮肉を、安藤は「古典的な『悲劇』」からの「疎外」(41頁)と表現している。

安藤のアプローチは、彼のいう「文学」を構成する三つの要素、すなわち「人間」、「ことば」、「状況」という普段は混同されているものをひとつひとつ丁寧にときほぐすというものであり、それこそは、ほかでもないアカデミズム的な「研究」のアプローチである。

だが、研究に身をおく人間のほうが圧倒的にかぎられていることなど、いうまでもない。この世界に生きるほとんどの人間は、専門的な「太宰研究」などとは無縁なのだ。実際安藤も言及しているとおり、太宰治本人も、「学問」的な態度を毛嫌いしていたのである(216-17頁)。

それでもあえて「研究」の方法を取るのは、安藤の、太宰への、一途な愛の要請による:

ある対象(作家)の特質を引き出すためには、その作家がもっとも嫌ったやり方で攻めるのが有効であり、それがまたもっとも深い愛情の表現なのではないか。少なくともそれを信じぬ限り、どうして太宰をこよなく愛する人たちにその「魅力」を語るなどという大それたことができようか。(217-18頁)

このようなレトリックすらも、「学問」に生きる人間の欺瞞であり虚栄でありエゴであると、太宰自身あるいは多くの読者はいうのかもしれない。

それでも、安藤自身が「文学研究」という「制度」に生きる者である以上、彼にはこのような愛しかたしかできなかったのであり、いくら「一般読者」にむけて太宰の「魅力」を語ったところで、彼の言葉には不可避に「研究」の影がつきまとうであろう以上、徹底的に「制度」の方法を用いて語る以外に、愛の表現のしようはなかったのだろう、と忖度される。

これを欺瞞だとそしるなら、欺瞞をまぬがれうる人間など存在しない、といっておかねばならないだろう。だから、みずからがくりかえす「普遍性」そのものが結局のところ度し難いイデオロギーでしかないことを、ほかでもない安藤自身が、おそらくだれよりも自覚しているように思われるのである。

したがって、彼の太宰への愛の告白は、欺瞞によるものというよりはやはり、至上の愛情表現であるというほかはない。ひとは「制度」やイデオロギーにまみれてひとを愛するよりほかに術がないのだから、そのようなどうしようもない「不自由さ」のなかで、だれにでもわかる客観的な言葉と方法のなかに、さりげなく主観をにじませ、囁くように自分の愛を表現することは、他者に「魅力」を語るうえで避けてはとおれないことなのだ。

著者は自分のおかれた状況と限界をきちんと把握し、そのなかで最善を尽くしているのである。そのような「宿命」をうけいれてこそ、われわれは他者にむけて、ほかでもないわれわれ自身として、なにかを語りだすことができるのだろう。

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