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2013年2月17日 (日)

丸谷徳嗣 on 須山静夫『クレバスに心せよ!』



須山静夫
『クレバスに心せよ!――アメリカ文学、翻訳と誤読』(吉夏社、2012)
Reviewed by 丸谷徳嗣

本書が出版されてぼちぼち一年近く経つ。著者はフォークナー全集の『八月の光』(冨山房、1968年)やオコナー『賢い血』(ちくま文庫、1999年)の訳者としてかろうじて知られているぐらいだろうか。筆者のようなアメリカ文学を専門とする者にとっては、『神の残した黒い穴――現代アメリカ南部の小説』(花曜社1978年)という研究書がとりわけ有名だが、小説家としてもデビューされていて、数冊ではあるが作品があるらしい。本書の校正中、2011年に他界されたとのことである。

翻訳の仕事が多かった著者の、誤訳や誤読をめぐる話が本書の眼目をなすが、だいたい研究者や批評家がするこういう類の議論は他人の粗探しに終始するのが通例のところ、著者は自らの誤訳も臆せず書き綴る。したがって、縦書きの本に英文がそのまま引用され、構文分析され、ときにはフランス語まで飛び出してくるので、研究の世界に身を置く者か、あるいはよっぽどマニアックなひとじゃないと、なかなか読み進めることは難しいだろう。

いや、文学研究の人間にとってもつらい本である。というのは、本書の後半、全体のおよそ半分程度は、聖書の翻訳、とりわけ死海文書のイザヤ書というものについての議論であり、話のほとんどがヘブライ語に纏わるものになっているのだ。繰り返すが、著者の専攻はアメリカ文学である。普通はアメリカ文学の研究者がヘブライ語について語ることなどまずありえない。

「須山のヘブライ語学習のいきさつ」によると、著者が長年教鞭をとっていた明治大学の大学院では聖書の授業を担当していた。はじめは学生と一緒に邦訳と英訳を参照しながら読み進めていたのだが、そのうち違う本の間に正反対に近い訳文が出てきたことをきっかけに、原文を読んで疑問を解決するべく、片山徹『旧約聖書ヘブライ語入門』(キリスト教図書出版社、1981年)という本の助けを借りながらヘブライ語の勉強をはじめたのだという(155‐63頁)。

だから率直なところ、聖書の専門家が本書の内容についてどのように考えるのかはわからない。もしかすると、門外漢がたんにトンチンカンなことを言っているのかもしれない。それを判定することさえ、筆者には力の及ばないことだ。だが、実はそんなことはどうでもいい話なのだ。誤解をおそれず言えば、著者にはもとより、新しい解釈にたどり着こうなどという目的はないのだろう。あるのはただ、正しい理解への渇望であり、あるいはむしろ、答えの出ない極限の地点に至ることへの密かな期待のようなものなのではないだろうか。

アルファベットの学習にはじまり、動詞の活用を経て、いよいよ問題の箇所、ヨブ記の第13章15節に話がもどってくるのだが、結局、歴史の深いテクストのことだけあって、版によってテクストをどのように読むかが違う、という結論に至る。当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、つまり問題はついに解決されないのだ(179‐80頁)。

それでも著者はがっくり肩を落とすどころか、新たな問題、サムエル記下第13‐19章に記されているアブサロムへ関心をうつす。これについても、和訳、英訳、もとのヘブライ語を比較検証したあと、至った結論は、結局答えがないというものであった(188頁)。

こうした話を経て、話題はついに死海のクムラン洞窟で発見された死海写本にうつる。紀元前二世紀に書かれたものと推測されるこの巻物は、現在刊行されているヘブライ語聖書が底本としているレニングラード写本および新しい写本と、「ほとんど正確に一致している」のだという。これらの新しい写本ができたのは10世紀。つまり、両者の間にはおよそ1200年ものへだたりがあるのだ(190頁)。死海写本のイザヤ書を検証したあと、この感動を著者は、以下のように書き記している:

今、私の目の前には庭に咲いている赤い花、黄色い花、紫色の花がある。こういうものにちょっと目を奪われていたら、この写本の仕事は駄目になる。庭の向こうの通りを救急車が走る。その音に気を取られたら、とたんに間違い字を書くだろう。クムランの筆記者がいったん書いた字を消したところはいくつあったか。かりに彼が窓のそとに目をやったとしても、見えるのは、岩と砂利と砂だけだ。目を楽しませてくれるものは一つもない。空は曇っているかもしれない。晴れているかもしれない。その空も広々とした空ではない。周囲の岩壁で狭く限られている。こういうところに彼はいた。だから彼はこういう仕事をすることができた。
私の書棚には死海写本についての本が何冊かある。だが、私は怠けていて、そのほとんどを読んでいない。しかし、一つだけ覚えていることがある。ある著者はこう言っていた。聖マルコ修道院のイザヤ書を読むことは無意味に近い。今までに発見されていなかった宗教観が新たに発見されることはないからである、と。こう書いたこの人は、死海写本の筆記者の敬虔な熱意と、精神の持続的な集中力に感動しないのだろうか。すなおに感激する心を抑えつけたのか。(264頁)

ここへ至ってようやく、読者は本書が書かれた理由を知る。それは著者が目にした先人たちの翻訳という「仕事」への感動であり敬意であるが、彼らに少しでも近づくべく著者が生涯をつうじて積み上げてきた努力と研鑽は、「仕事」をなしたいという願望よりも、おそらくは生来の、単純な好奇心によるものだったのだろう。

「あとがき」にあるように、著者が「フランス語を勉強していた」のは25、6歳のころであるようだ(271頁)し、ヘブライ語にいたっては55、6歳のときに勉強をはじめている。「仕事」というのであれば、それぞれの分野に専門家がいる。アメリカ文学の研究者であれば、アメリカ文学の研究をするしか、普通は「仕事」をなす術がない。

そんなことはない、著者は死海文書から、ほかでもない精密無比な「仕事」の偉大さを学んだではないか、というひともいるだろう。それはその通りだ。著者も、自身の「仕事」であるメルヴィルの『クラレル』翻訳との関連を持ち出しもする。だが、それは原因と結果を取り違えてはいまいか。須山静夫というひとは、なにかを学ぶためにヘブライ語を勉強し、聖書や死海写本を読んだのではない。聖書のわからない箇所を理解したくて、あるいは死海写本を読み進めるうちに浮かんできた疑問に駆られ、結果としてクムランの筆記者の熱意と集中力に感動するに至ったのだ。アメリカ文学研究者としての自分の「仕事」になにかを生かそうという考えは、ほとんど二次的・副次的なものにすぎなかったように、筆者には思われてならない。

本書を通読して思うのは、実はこれは読書のもっとも幸福なあり方のひとつでもあるのだろうということである。読解や翻訳という「作業」、「仕事」はとてつもなく骨が折れる。外国文学ともなると、参照せねばならないのは原文だけではなく、多くの場合、歴史・社会・文化など、作品や作家をとりまく世界についての膨大な量の調査を行わねばならない。途方もない熱意と集中力が必要なのだ。著者は、それらにむかう活力を、自身の好奇心をエネルギーにして漲らせることができた、稀有な人物である。おそらくはクムランの筆記者に対して著者が抱いたように、そのような偉大な「仕事」を幸福や快楽としてなせてしまう著者のような人物に、筆者としてはただただ感服と驚嘆を禁じ得ないのであった。

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