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2013年8月27日 (火)

戸塚学 on 澁澤龍子『澁澤龍彦との日々』

澁澤龍子
『澁澤龍彦との日々』(白水社、2009)
Reviewed by戸塚学

 矢野澄子と別れて41歳のとき、澁澤と29歳で再婚した龍子のエッセイ集は、 次のような美しい情景から始まる。

《「龍子、ホトトギスが鳴いているよ」と澁澤が、前夜からの執筆の手を休めて、ぐっすり眠っているわたしを起こすのは、きまって青葉の美しい五月中旬のころでした。「今年初めての鳴き声ね、手帳にメモしなきゃ」と夢うつつで、明け方の空を見上げます。
 澁澤は生前、ウグイス、ホトトギス、トラツグミ、それにヒグラシ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシなどの初音を聞いた日を、忘れずに書きとめていました。毎年、彼が机上で愛用していた新潮社のカレンダーの一九八七年四月六日のところに、「風呂でトラツグミ 聞く」としるしてあります。五月二日に二度と帰ることのない再入院をしたのですから、家で聞いた最後のトラツグミの声だったのかもしれません。》[9]

 子供を持たず夫婦だけで作り上げた二人の「宇宙」はこのように、明け方のホトトギスの鳴き声と、執筆を終えてこれから眠ろうとする澁澤、龍子を起こす声によって開示される。癌に冒され手術を終えた澁澤のこの時の声は、描写はされていないがかすれた小さな囁きであったはずで、この何気ない会話が交わされた時の夫婦の顔の距離の近さが浮かび上がる。この時書いていたのは『高丘親王航海記』であったろうか。

 新潮社で担当編集者をしていた龍子と澁澤は次第に接近し、休みの申請を断られた龍子に「それならぼくが世界中どんなところへでもきみを連れてくから、すぐ会社を辞めちゃえ」と言いかけて、二人は一緒になることになる。なれそめから記述が起こされた本書は、以下、澁澤との十八年間の濃密な日々を綴っていく。

 澁澤という戦後日本文壇における特異な核を形成していた作家と過ごす龍子の濃密な「宇宙」は、まず第一に、澁澤が関心を向ける世界の「物」によって組み立てられている。

《「何、この実」と拾って割ってみると、中から真っ黒な、おそろしく堅い種子が出てきました。「これ、ムクロジだ!」と、澁澤はもう興奮して、「羽子板の羽子のお尻についている黒い球だよ。話には聞いていたけど、はじめて見たよ」ともう夢中、草むらでムクロジの実を拾い集めるその姿は、いつもながら急に子どものようにかわいらしく見えてきて、わたしも嬉しくなって、思わずニコニコしてしまうのでした。》[43]

 澁澤は実に多くの「物」達に関心を示すが、澁澤にとっての世界は反転した世界である。まずはじめに「話には聞いていた」というムクロジをめぐる言葉の世界があって、その言葉の世界に当てはまる現実世界が眼差され愛でられる。したがって、澁澤と龍子の作り上げた「宇宙」の第二は、その「物」を探しに世界に出かける旅先の「風景」という様相を呈する(なお本書には、一種の続篇にあたる『澁澤龍彦との旅』2012がある)。

《旅に出ると、彼はいつもすばらしいガイドでした。歴史、文学、美術、食事に至るまで、彼のようなガイドは二人といないし、感動を分かち合える人もいません。ですから彼の死後は、しばらく海外へ出かける気にならなかったのです。(略)
 「おもしろいのはたくさんいるけど、いちばんはデカダン大名の名をほしいままにした大内義隆。最後はホモ相手だった重臣の陶晴賢に殺されてしまうんだよ。義隆を書きたいな。」そんな会話から、山口への期待がどんどん高まって行くのでした。
 そんなわたしたちを町は裏切ることなく、夏にはホタルが飛び交うという一の坂川のほとり、両岸の爛漫の桜が、流れに影を落として歓迎してくれるかのようでした。
 わたしは桜が大好きで、今でもその季節になるとソワソワと、京都原谷の紅しだれは咲いたかしら、御室の桜はどうかな、常照皇寺の御車返しの桜は今年はいい花つけるかしらなどと、ふらふらと桜見物に出かけてしまうのですが、このときの京都、宮島、山口の桜ほど、美しい花を見たことがありません。》[113]

 龍子の眼差す「桜」には、というかそれを綴る龍子の言葉には、澁澤の「言葉」が浸透している。より正確に言えば、言葉と世界が反転しているところの澁澤の「言葉」が、である。澁澤ほど旅のガイドに適した人物はいないであろうが、澁澤本人はお金もまともに使えず、方向音痴で、必ずしも旅慣れた人物ではない。だが澁澤には言葉によって既に読みとられた広大な世界地図があって、澁澤はその言葉の世界を通して現実の世界を龍子に見せていく。この二人が見つめた「桜」の世界も、こうした言葉と現実の反転によってこそ美しく輝いているのである。

 二人の「宇宙」を構成する第三のものが「人間」である。

《澁澤は種村さんよりはいくらか年上でしたが、文学や書物については、ほんとうによく話が合ったようで、お互いに家を行き来して、「こんな本がある」とか「これを読んだか」といったような会話がしきりに取り交わされたものです。出不精な澁澤が植木市だ貴船祭りだといっては、大磯や真鶴のお宅に伺っていましたから、やはり仲良しだったのでしょう。》[135]

 ここでも澁澤と種村の間には言葉が交わされる。それも、言葉をめぐっての言葉である。中井英夫が「三島も澁澤もいないこの世なんて、生きていてもしょうがない」と泣いていた、と龍子は記すがむべなるかな。澁澤の中に蓄えられたブッキッシュな言葉で構成された宇宙はたしかに現実の中にある場所を占めていたわけだが、それがぽっかりと穴をあける。石川淳、種村季弘、埴谷雄高、稲垣足穂、中井英夫、多田智満子、吉岡実、高橋睦郎、池田満寿夫、三島由紀夫、林達夫と並べてみたとき、その交友関係が作り上げていた言葉密度とでもいうべきものにちょっとのけぞる。濃ゆい。

 澁澤龍子はかくして澁澤と自身が作り上げていた十八年の結婚生活の濃密な「宇宙」を提示して、最後に澁澤が言葉を失う瞬間を一滴の涙を通して描き出す。

《そして、一九八七年八月五日午後三時三十五分、ベッドで読書中に頸動脈瘤が破裂。真珠のような大粒の涙が一つ、左目からこぼれて―一瞬の死でした。》[177]

 読み書かれた言葉で出来上がっていた澁澤を核とする「宇宙」は、こうして癌によって言葉を失われ、一粒の「涙」に結晶される形で閉じられる。

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